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ビューティシルク シルク美容室 の日記

今年の秋から年末までの活動及び出来事の纏め

2015.12.27

此れより2000年に我が実家を設計したドイツの首都Berlin及びBrandenburg州公認の画家Heinrich Gustavの今年の秋から年末までの活動及び出来事の報告を綴る。

鳴門市ドイツ館と我が個展の事についてだが、先ず参考に当館の歴史と概要を次の通り説明しておく。
時は第一次世界大戦(1914-18)、当時ドイツの植民地・山東省を日本軍が攻略した際に、ドイツ兵士約5000人が俘虜となり日本へ移送された。
その内の約1000人が、1917年から1920年まで徳島県鳴門市・板東俘虜収容所にて過ごし、当収容所職員によって大変人道的な待遇をされた。
同時にドイツ兵士達は鳴門市民達とも友好な交流をし、これを通じて彼らの文化や技術までも紹介している。
その中でも特にBeethovenの交響曲第九番が日本で初演された事は有名である。
この歴史上の出来事に因んで1972年に旧・ドイツ館が建設され、1974年には鳴門市とドイツ・Lüneburg市との間で姉妹都市盟約が締結された。
現在のドイツ館はドイツ・Barock様式を模した建造物で、1993年10月13日に完成した。
日本の建材とドイツの建築様式が見事に融合した、あたかも明治時代の「欧化主義」の文化を彷彿させる物がある。
当館内には第一次世界大戦時に、ドイツ兵が残した史料や遺品を展示している他、俘虜収容所のミニチュア模型によって、当時の生活を垣間見る事が出来る。
又、周囲の環境も魅力的で、自然に恵まれ、当館のすぐ近所には「バルトの庭」と謂う旧・板東俘虜収容所の一部、並びに映画「バルトの楽園」(2006年)のロケセットを移築した施設もあり、更には「四国八十八箇所霊場」の一番札所・霊山寺、二番札所・極楽寺、そして大麻比古神社、等の有名な宗教施設もある。

鳴門市ドイツ館に於ける我が個展『Pommern地方の文化財と風景』は11月23日に終了し、同月25日に本展の片付けを済まし帰宅した。
本展は10月8日、当館にて展覧会場の準備を予定通り完了させ、予定より多く合計51点の我が作品を展示して一般公開されて来た。
余の個展は此れにてドイツ、日本両国で通算18回目、鳴門市だけでも通算8回目となり、既に「マンネリ化」していると云う自覚があった。
しかも今回の個展の主題となっているPommern地方は日本人には殆ど縁も馴染みも無い。
其の上、最近では徳島県の人口は1年に5千人のペースで減少していると云う忌々しき背景もあるので、入場者が幾分減少する事を懸念していた。
とは言え公共事業としての個展を開催する限り、全国から出来るだけ多くの人々が来館される事を望んでいた。
心配とは逆に、何と此度の個展の入場者は5330人を数え、2012年の余の日本国内に於ける入場者最高記録4112人を遥かに上回る新記録となった!
此れにて2003年、2008~2015年に亘る鳴門市ドイツ館に於ける計8回の我が個展の通算入場者の合計は2万3千385人となった!
又、当館の職員の話によると、余の個展は人気に陰りが出るどころか、尚も高まっているらしい。

予想だにしなかった大成功を得て、余も嬉しさを通り越して寧ろ愕然としている次第である。
何故なら、以前にもブログの記事に書いた事だが、歴史の中で幾人かの英雄、天才、人傑達が大勝利を戒める以下の格言を残されている。

余が日本で最も尊敬する戦国大名の武田信玄公はこう申されている。
「百人の内の九十九人に褒められる者に良き者はあらず。それらは軽薄者か、狡猾者か、偽善者か、侫人(媚び諂う者)か盗人かのいずれかだ。」
並びに「戦の評価は七分勝ちを以って上(出来)とする。何故なら十分勝ちからは驕りが生まれる。」とも申されている。
更に徳川家康公は「戦に於いて負けを知らぬ者には後に大きな害が身に及ぶ。」と申されている。
日本の古の諺に「勝って兜の緒を締めよ。」ともあるし、古代中国の軍事書・孫子の中にも「百戦百勝は最善の策に非ず。」と記されている。
又、ドイツでは我が精神と学術の師である大文豪Johann Wolfgang von Goethe先生は"Für den mittelklässigen Künstler der Beifall ist zwar eine große Unterstüztung, aber für den genialen Künstler ist es so giftig."(中間クラスの芸術家にとって拍手喝采は大きな支持になるが、天才的な芸術家にとってこれは非常に有害である。)と述べられているし、同様にFriedrich Schiller 先生も"Durch seine Kunstwerke der Künstler kann nur weniges Recht bekommen. Allen gefallene Kunst ist schlimm."(芸術家は其の作品によって少しの権利のみ得る事が出来る。万人に気に入られる芸術は罪悪である。)と述べられている。
其の他、Napoleonを最後に打ち破ったイギリスの名将A.Wellington公爵は「壊滅的な大敗北は別として、大勝利より恐ろしい物は無い。」と言っているし、ルネッサンス芸術の巨匠Michelangeloは「私達(天才芸術家)にとって、高い目標を掲げて失敗する事を失敗とは言わない。
それより低い目標を達成して喜ぶ事を失敗と言うのだ。」と言っている。

(※これ等の名言、格言は「たとえ大勝利を得ても、決して有頂天かつ高慢になるべからず。」と言う事を意味している。)
余も此度の予想外の大勝利に決して酔いしれる事無く、寧ろ戒めの念を以って今後も精進して行く事を改めて誓った次第である。

此度の個展で余が何よりも喜ばしく安心した事は、今年の4月より鳴門市ドイツ館を指定管理業者として運営している「社団法人・うずしお観光協会」が有能且つ大変信頼性の高い組織で、余の事を大層評価し、今後も期待を寄せてくれている事である。
最近では徳島県内の著しい人口減少に伴う、公共、観光施設の利用者の減少が問題視されてはいるが、此れにて鳴門市ドイツ館は以後も安泰であろうと納得が出来た。
そして、余も此の為に引き続き貢献、協力をして行く事を決心したのである。
並びに相も変わらず余の芸術活動を支持してくれる愛好者の方々、宣伝協力してくれる各マスコミ、プロバイダー、其の他の企業、団体にも感謝の意を表したい。
そして此の深刻な問題を解決する為、徳島県民が自分達の故郷に愛着を持ってそこに居住し貢献する事、並びに一旦故郷を出て行った徳島県民が一人でも多く再帰郷して、同様に故郷に居住し貢献する事をも願って止まない。

10月10日より開催していた我が個展の準備の為、一時中断していた天台宗門跡寺院「護法山・出雲寺・寝殿」の絵の製作に、個展の準備を完了させた後直ちに再び着手し、今月18日にようやく完成させた。
更に天台宗・真盛派本山「西教寺・本堂」の絵の制作に取り掛かっている。
個展が予定通り開催され、人気、評判共に上々である事を鳴門市ドイツ館職員から聞いて安堵した為か、此の作品はのんびりと製作を進行させて11月9日にやっと完成した。
更に当寺院の「客殿」の絵の製作し、11月27日に完成させた。
引き続き11月28日以来制作している西教寺の「唐門」の絵の製作が、年末の様々な雑用に時間を取られて製作が予想以上に遅れたが、12月29日にようやく完成した。
更に鳴門市ドイツ館に於ける今年の我が個展に未完成のまま展示したSchloß Bütowの絵の未完の樹木を描いて、完成させたい処である。
(2016年1月2日に完成)

今年は11月、12月上旬に入っても大して気温が下がらず、まるで10月並みの気温である。
田舎のボロ別荘にてウェイトトレーニングを続けて既に26年になるが、此れ程暖かい冬は初めてである。
余の実家のある市(東区)の中心地とボロ別荘のある同区の端では僅か6kmしか離れていないのに気温が4℃ないしは5℃も違う。
其の上、余が冬でも実家からボロ別荘まで(準備運動の為)自転車で移動して、(勿論室内暖房をして15℃程で)短い水着一丁とリストバンドだけの出で立ちでウェイトトレーニングをするので、温度調整も体調管理と同様に重要な条件なのである。
何故なら人間の筋肉は(激しい)運動の際、筋肉を傷めない様に体温調整をして血液を筋繊維に十分満たしておかねばならないからである。

12月12日以降に立て続けに良い事に恵まれて、余の愛用しているドイツ革製品の老舗ブランドGOLD PFEIL(1856年創業)の未使用の真紅の鞄が大変安価に手に入った。
余が持っている9個のGOLD PFEILの革製品は全て当社の典型的なWeinrot(ワインレッド)色なので、今回の品物は珍しいし、余の最愛の色でもあるので大変気に入った。
更に近所の友人から御礼に京鋳物の見事な鶏の置物を頂いたり、親類から此れ又御礼に皇太子殿下御成婚と関西空港開港記念の銀貨2枚を譲り受けた。
我が日本、ドイツ両国の友人達は「恩義」と「礼節」を心得ているので、いつもの事ではあるが誠に素晴らしき方々であると思う!
更に12月21日にはドイツGoebel社(1871年創業)製の陶磁器、彫刻家G.Bochmann作の"Hirtenmädchen"(羊飼いの少女)(1974年)又12月25日には同じくGoebel社製の陶磁器M.I.Hummel原作の"Zum Festtag"(祭日に)(1987年)が大変安価に入手出来た。
そして12月27日には余の地元Berlin KPM(王立陶磁器工房(1763年創業))の飾り皿とBayern州Nymphenburg工房(1761年創業)製のコーヒーカップ(1961年、創業200周年記念)が入手出来た。
此のBerlin KPMの飾り皿の裏側には典型的な商標のZepter(王勺)と共に“Kriegsmarke”と呼ばれる黒のEiserne Kreuz(鉄十字)が描かれている。
此の事から第一次世界大戦(1914~18年)中に製造されている事が確認出来る。
余はBerlin KPMの陶磁器は1820年代、1850年代、20世紀後半の計4点所蔵しているのだが、流石に第一次世界大戦中の作品は地元Berlinの古美術商でも滅多に出回ってない故、今回初めて入手出来たので感無量の喜びであった!

御陰様で幸福感に満ちた年末年始を迎えられそうである!

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今年の秋から年末までの活動及び出来事の纏め

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